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      <title>NSN指導会ブログ　―Never Say Never―</title>
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※ここは横浜市・金沢文庫にあるNSN指導会のコラムをお楽しみいただくブログです。本館へはこちらからどうぞ。
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      <copyright>Copyright 2008</copyright>
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         <title>神田高校の一件に想う</title>
         <description>神田高校（平塚市）の入試結果操作問題。入試で合格点を取った二十数名が、入試当日の服装や髪型、素行等の問題により不合格になったあの問題のことです。

その後、配置換えとなった校長先生を呼び戻そうという署名運動が起こり、教育委員会の判断に一石を投げかけているというニュースが流れるなど、まだまだこの問題は終わりを告げてはいません。

さて、あの一件。

現場に居る人間からすると、教育委員会の判断は実にナンセンスです。点数を取っていれば何でも許されると誤解されかねない教育委員会のあの発言の鈍感さには目を覆いたくなるばかりです。人としてのあり方は、点数以前の問題です。普通の良識ある中学生であれば、試験当日に、わざわざ服装を乱したり、素行を悪くしたりはしません。あきらかに、悪意、もしくはそれに類する意図をもった行動であると判断せざるを得ないのです。

どんな格好をしようが、どれだけ素行が悪かろうが、点数さえ良ければ合格できるという「判断」は、全くもって受け入れられません。

校長先生には学校を守る責務があります。そして、入学してくる生徒に満足してもらえる環境を提供する義務があるのです。

おそらく校長先生は、単なる服装や髪型で生徒を排除したのではないはずです。わざわざ試験当日に、誤解を招くような格好をしてくるという中学生の「本音」の部分に拒否反応を持ったのではないでしょうか。

それは、高校や社会、大人に対して敬意を持っている人からは、決して見られることのない本音だからです。

「ただただ学校を守りたい一心だった・・・」

こういう心ある先生を追放するなど論外です。

その意味で、平塚市民の運動は喜ばしいことであり、校長先生が再び教鞭をとられることを切に願ってやみません。</description>
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         <pubDate>Thu, 20 Nov 2008 15:56:57 +0900</pubDate>
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         <title>得意な教科はなぜ伸びる？　４</title>
         <description>さて、このようにして料理にはまっていったA君ですが、料理といえども多種多様。それこそ、星の数ほどあるといっても過言ではありません。その中で、ピンポイントで「豆腐作り」にたどり着くには、いったいどれほどの回り道をしなければならないのでしょうか？

少なくとも、
①和洋中の中から、和食に興味を持った。
②和食の中でも、メインの肉や魚には惹かれなかった。
③本当においしい豆腐に出会い目から鱗が落ちた。
④豆腐に興味を持つようになり、研究するようになった。
というような経験を積まない限り、豆腐作りに目覚めるチャンスはごくごく限られていると言わざるを得ません。

芸術やスポーツが「気づきやすい才能」である反面、いかに豆腐作りが「気づきにくい才能」なのかということがおわかりいただけたでしょうか。

さて、ここで問題です。勉強はどちらの才能にあたるのでしょうか？前者でしょうか？それとも後者でしょうか？

簡単な質問、失礼いたしました。もちろん、前者の才能ですよね。今現在｢好きな科目」がある人は恵まれています。数学が好きな人は自然と「理系」を目指すでしょうし、国語が得意であれば「文系」を目指すはずです。そこには、豆腐作りに目覚めるような複雑な過程やきっかけは必要ありません。得意なものを選ぶだけでいいのですから。

得意な教科が伸びる理由。それは、ただそれを選ぶだけでどんどん世界が広がっていくことにその理由の一端があるのです。

好きになる→勉強する→得意になる→ますます好きになる→世界が広がる→ますます好きになる、というプラスの循環に入ることができるのです。

得意な教科、もっと伸ばしませんか？世界が広がりますよ！



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         <pubDate>Wed, 22 Oct 2008 00:18:12 +0900</pubDate>
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         <title>得意な教科はなぜ伸びる？　３</title>
         <description>大学入学後、ひとり暮らしを始めていたA君。最初は不慣れだった炊事にもだんだん慣れてきたある日、友人がA君のアパートを訪れます。サークルの話にひとしきり花が咲いた頃、お腹がすいてきたA君は、昨日作った肉じゃがを友人と食べることにしました。A君の作った肉じゃがを食べた友人が言います。

「これ、めちゃくちゃうまいな。」

ひとり暮らしを始めていたA君。最初は市販のものを食べるばかりでしたが、不必要にお金がかかることもあり、あるときから自分で料理を作るようになりました。もともとものづくりが好きなA君です。食材や作り方に凝るようになるまでには、そう時間はかかりませんでした。

最初は、国産のお肉を買う程度のこだわりでしたが、そのうち、有機野菜に凝るようになりました。そして、次第に調味料や味噌にこだわるようになります。自分で削った鰹節。銀色に光り輝く新鮮な煮干に、羅臼の昆布で出汁をとります。そこに下仁田のねぎと大山どうふを加え、3年熟成させた味噌をすばやくときます。ずいぶんお金がかかるように見えますが、それでも外食よりは安くつきます。

どうせ同じお金をかけるなら、より健康的でおいしいものが食べたい・・・少年の頃プラモデルに熱中したA君。今ではすっかり料理にはまるようになっていました（続く）。</description>
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         <pubDate>Sun, 12 Oct 2008 07:50:42 +0900</pubDate>
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         <title>得意な教科はなぜ伸びる？　２</title>
         <description>ものづくり＝理系に進学を考えるA君でしたが、実は重大な欠点を抱えていました。理系に進みたいのに、数学が苦手なのです。はっきりした理由は覚えていないのですが、中学の頃に習った担任の先生との相性が悪く、すっかり数学が苦手（＝嫌い）になっていたのです。

とはいうものの、数学が出来なければ理系に進むことができません。なんとか自分を奮い立たせようとするものの、数学を学ぼうとする意欲は減る一方です。やらなければならないのに努力できないA君はすっかり自分自身がいやになり、現実から逃避するようになりました。

結局、高校3年間でさっぱり数学ができなくなってしまい、社会的には無名の大学の工学部に進学することになったA君。モノつくりへの情熱も薄れ、いったい何のために大学に進学するのかもわからない精神状態にまで追い込まれていきました（続く）。




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         <pubDate>Thu, 09 Oct 2008 02:39:40 +0900</pubDate>
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         <title>得意な教科はなぜ伸びる？　１</title>
         <description>伸びるから得意なのか、得意だから伸びるのか。卵が先か、鶏が先かと同じ理屈ではありますが、ここでは哲学的な解釈はさておき、現実的な解釈を考えてみたいと思います。

「才能に優劣はない」といわれていますが、世の中には明らかに才能に優劣があるとしか思えないものがあります。

いまだに10秒台を切ることができない日本の陸上・男子１００ｍや先天的な能力差をまざまざと見せつけられる音楽や芸術の世界など、この世には、明らかに才能や適性の問題としか思えない分野があることは間違いありません。

さて、このような論調で書き始めると必ず“やっぱり世の中才能だよな。努力は二の次だよ”などという意見が出てくるものです。本当にそうなのでしょうか？

実は、スポーツ、芸術の分野に才能と適性を見出すのは比較的簡単なことなのです。スポーツや芸術は、子どもの頃の習いごとの代表格です。子どもの頃から習い事をしていれば、親も先生も本人もスポーツや芸術に“才能があること”を認識できる機会は枚挙に暇がないはずです。ことあることに、先生や親から“〇〇ちゃん、すごいわね～。将来オリンピック選手になれるかもよ”などと言われ続けるのですから。

実は、才能には二種類の才能があり、“気づきやすい才能”と“気づきにくい才能”の二つに分かれます。スポーツや芸術は前者です。では後者はどういう分野の才能なのでしょうか？

ここで“豆腐作りの才能”を持つA君がその才能に気がつくまでの長～い過程を考えて見ましょう。

豆腐作り（ものづくり）の才能があるA君は、子どもの頃からモノを作ることが好きで、よくプラモデルを作っていました。勉強そっちのけで製作に熱中するあまり、子どもの頃から成績は芳しくありませんでした。唯一“技術”の成績だけは抜群でしたが、親の心配は募るばかりでした。

中学生になり、いよいよ将来を危ぶんだ母親はついつい口を滑らせます“〇〇、いい加減にしなさい！あんた将来どうするつもりなの！勉強しないと困るのはあなたなのよ。お母さん知らないから！”

とはいうものの、モノつくりにしか興味の湧かないA君は、なかなか勉強に気を向けることができません。かといって将来大学には行きたいなどと漠然と考えるA君にとって、モノつくり＝理科系と考えるようになるまでには、そう時間はかかりませんでした。（続く）。
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         <pubDate>Tue, 07 Oct 2008 00:50:18 +0900</pubDate>
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         <title>環境と気持ちの相関性</title>
         <description>今回、社会人になって初めて書斎を持つことになりました――などというといかにも勉強嫌いのように聞こえるかもしれませんが、決してそういうわけではありません（笑）。ただ単にスペースの問題で書斎が作れなかっただけです。今回は多くのモノを棄てて、書斎を作ろうと決心し、今、その書斎でこれを書いています。

うーん、書斎！いいですねぇ。自然とパソコン作業や仕事をする気になります。不思議なものです。今までの社会人生活を振り返ると、机ナシ（6年）→ちゃぶ台代用（5年）→ダイニングテーブル代用（5年）を経てようやくの書斎となります。

人間、環境が変わるとこれほど違うのか、と思えるほどPC作業がスムーズに進みます。

大事ですね、環境。侮れません。勉強も仕事も環境さえ変われば、全く異なる良い結果を手にすることができるかもしれません。と同時に、勉強や仕事ができない「理由」を失うことにもつながり、言い訳できなくなるというデメリット（笑）もありますが・・・

もしかすると、ブログの更新頻度が２～3日に1回になるかもしれませんね。もしそうなれば、それは確実に「環境の変化」が理由です。

気持ちが変わらないなら、環境を変えてみる。

押してだめなら引いてみろ、と似てますね、これ。

違うという声が聞こえてきそうなので、今日はこのへんで。</description>
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         <pubDate>Mon, 06 Oct 2008 00:33:58 +0900</pubDate>
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         <title>「もったいない論」に物申す</title>
         <description>食事と会話を楽しむべく、親友の待つ恵比寿ガーデンプレイスに行ってきました。もう７～8年くらい経つでしょうか？タイユバン・ロブションというフレンチ界の巨匠とワイン界の巨匠がコラボし運営していたレストランに行って以来です。ガーデンプレイスに足を運んだのは。

普段、食事をする場所って意外と限られてきますよね。そういう意味で、お誘いを受けるのは大好きな私でありました。

なかなか共感の得られない自論ではありますが、やはり食事にはある程度のお金をかけるべきだと思うのです。食事は最高のコミュニケーションツールのひとつですから。

もし食べ物がおいしくて会話が弾まないという状況があるとするならば、その相手との関係は難しいかもしれません。男性であれ、女性であれ、食事がおいしいのに会話が弾まないとすれば、正直その相手とは縁がないと思うのです。

何も無理をして高いものを食べようという意味ではありません。たとえば、ランチに600円出すのであれば、ちょっと背伸びして1200円のホテルのランチを食べませんか、という提案なのです。600円の差で上品な雰囲気を味わえ、マナーの勉強が出来るのですから。600円は安いと思うのです。

ところで、600円なんてもったいないというアナタ！

今、600円×30日＝18,000円＝高け～～～、なんて計算しませんでしたか？誰が毎日食べろって言いました？その極論がダメなんです！

月に１回でもいいじゃないですか。極論に走ると、結局何もしないで終わることになるんです。本当にもったいないことです。

「もったいない」と言ってお金を使わないと、その分「経験する機会」を失うんです。

そのほうが「もったいない」というのが私の自論です。

20万円のパソコンは買うけど、20万円の食事はしない。確かにそうかもしれません。しかし、20万円のパソコンはネタにもなりませんが、20万円の食事は一生のネタになります。

つまり、長い目で見ると20万円の食事は安いということになります。

などというと、どんなお金持ちかと思われますが、そんなことはありません。

私、松屋も吉野家も行きます。つまり、どっちも「あり」なんです！

時と場合によりけり！柔軟に行きましょう、柔軟に！




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         <pubDate>Sat, 27 Sep 2008 00:24:59 +0900</pubDate>
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         <title>王さん、ありがとう！</title>
         <description>野球界の巨星・王さんが、およそ50年に及ぶ野球生活にピリオドを打つことになりました。思えば7歳のとき。当時、熱烈な阪神ファンであった私でさえ、なんとも言えない寂しさを感じた長島さんの引退。その後、長島監督の元で活躍し、ホームラン30本を打つ力を持ちながら惜しまれて引退を決意した美学の人・王さん。この二人を抜きに野球を語ることはできません。長島さんは病に倒れました。懸命のリハビリにより、驚異的な回復を遂げてはいるものの、おそらく現場への復帰は難しいというのが実情です。そして、王さんの引退。日本プロ野球が誇る二人の巨星が現場から姿を消すことになります。

私が生まれたときには、すでに王さんはプロ野球界の大スターでした。そして、阪神ファンの私にとっては、にっくき巨人の4番打者でした。

王さんの三振に喜んだ少年時代

唯一応援した756号のホームラン

親しみを感じ始めたダイエー監督就任

本当に嬉しかったWBCでの優勝

王さん、多くの素晴らしい思い出をありがとう！

そして、本当にお疲れ様でした。







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         <pubDate>Fri, 26 Sep 2008 05:31:23 +0900</pubDate>
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         <title>木工について</title>
         <description>知り合いの木工作家よりはがきが送られてきました。達筆な文字に目を走らせると、ここ1週間ほど、銀座の画廊で個展を開いているとのこと。色々あわただしい中ではありますが、最終日の今日（21日）、閉展1時間前に駆け込みで見学に行ってきました。

私は木が大好きです。ヒノキ、サワラ、ケヤキ、クリ、ナラ、トチなど、木目の風合いにそれぞれの趣きがあり、しばらく眺めても飽きることはありません。特に、人間国宝・黒田辰秋氏に師事した松岡日出雄氏（故人）の作品が大好きで、運良く作品に出会えた場合などは、財布と相談（涙）して購入に頭を悩ませます。とはいうものの、頭を悩ませるのは「小物」だけで、タンスや机などの「大物」については悩むまでもありません。高級車1台分くらいは平気で吹っ飛ぶくらいの価格ですので、今は全く無理な話です。今は、と断るくらいですから、将来チャンスがあればぜひ購入したいと思っています（汗）。

さて、そんな木工作品には良木が不可欠です。ところが、近年の大量伐採により、めっきり良木が少なくなってしまいました。20年に1度行われる伊勢の式年遷宮でも、木曽ひのきの不足により、外国産木材を輸入せざるをえないという記事を目にしたことがあります。

日本の伝統・伊勢神宮の木を自国で調達できないとは由々しき問題です。日本の伝統工芸を守るためにも、国を挙げての政策強化が不可欠です。

いつまでも、すばらしい木工作品が生み出される美しい国・日本であって欲しい・・・そう願わずにはいられません。




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         <pubDate>Mon, 22 Sep 2008 05:06:23 +0900</pubDate>
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         <title>子どもの視点で見る、世界の出来事の捉え方</title>
         <description>気候の変化による災害や食品に関わる様々な不祥事が相次いでいます。姉歯元一級建築士が世間を騒がせた耐震偽装事件以来、様々な膿が各業界から出るようになりました。最近では、食品業界を中心に大きな膿出しが行われています。そう考えてみると、気候の変化は、人類が地球にかけてきた負荷に対する膿出しなのかもしれません。リーマンブラザーズの破綻も、抽象的に捉えれば行き過ぎた資本主義の膿出しと考えることもできるでしょう。

ところで、このような異常気象や世間の不祥事を、子どもたちはどのように捉えたらいいのでしょうか。確かに、子どもたちが未来に悲観するような事件や出来事が続いていることは事実です。しかし、それはいつの時代でも同じこと。過去から未来にわたり、悲惨な事件や不祥事が途絶えることはありません。ただ、明るい話題よりも暗い話題のほうがニュースになりやすく、目に触れやすいというだけのことでしかありません。

いつの時代でも、どんな時代でも大切なこと。それは、教育です。資源のない日本にとっての生命線は教育にあるといっても過言ではありません。子どもたちができることは、世間を憂い嘆くことではなく、しっかり学び、勉強することなのです。それが、次の時代の財産となることは間違いありません。世の中でおきているあらゆることがらを「学びの糧」として見聞きする。これこそが、子どもたちにとって必要なことであり、求められていることなのです。

たとえどんな事件が起きようとも、たとえ異常気象に悩まされようとも、子どもたちがしなければならないこと――それは、未来を作るための「勉強」です。
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         <link>http://nsnshidoukai.com/a1/2008/09/post_94.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">a. エメラルドの流れ（塾長）</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 19 Sep 2008 13:04:35 +0900</pubDate>
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         <title>お引越し</title>
         <description>埼玉県浦和市（現さいたま市宇浦和区）に生まれたのが41年前。19年住んだのち、横浜市金沢区能見台へ。これが人生初の引っ越し体験でした。その後、25歳のときに杉並区の西荻窪や武蔵野市の吉祥寺、杉並区の久我山など、3年～5年で引越しを繰り返します。そして、36歳のときに茅ヶ崎へ。住みやすい落ち着いた雰囲気と様々な表情を見せる海にすっかり魅了され、定住するかと思いきや、今回、また引越しをすることになりました。仕事や諸々の関係で、2箇所を行ったりきたりすることになります。

塾が金沢区（金沢文庫）にありますので、近くにある実家を使わない手はありません。嫁さんと一緒に、能見台に戻ることにしました。そして、塾のイベントや塾以外の仕事を行う場所として、片瀬江ノ島にオフィスを借りました。江の島観光を兼ねて、様々な企画を考えているところです。

9月末に引っ越しますので、これからバタバタの2週間となりそうです。</description>
         <link>http://nsnshidoukai.com/a1/2008/09/post_93.html</link>
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         <pubDate>Sun, 14 Sep 2008 06:16:36 +0900</pubDate>
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         <title>船場吉兆と三笠フーズの共通点</title>
         <description>事故米（汚染米）を食用に転売した三笠フーズの偽装事件。表面的に見れば、悪質この上ない事件ではありますが、冷静に記事を読んでみると意外な事実が浮かんできます。平成18年に実施された農薬残留濃度基準の強化により、今まで食用で流通していた米が大量に事故米に格下げされる事態がおきました。「今まで食べていたのにもったいない・・・」三笠フーズの偽装の根源の一端はここにあります。決して許されることではありませんが、少なくとも「食べられるものを流通させた」という気持ちが罪の意識を薄めさせたのは間違いありません。

振り返ってみると、船場吉兆事件の根底にも同様の感覚が流れていたのではないでしょうか。「食べられるのにもったいない・・・」と。親友の福澤氏は船場吉兆事件をこう看破していました。

「もともと接待するほうは、何十回・何百回と同じ料亭で同じ料理を食べることになるから、いくらおいしい料理でも、そのうち箸をつけなくなるものだ。そして、接待される側は、緊張と遠慮で殆ど箸をつけないわけだから、必然的に「おいしい料理」が大量に余るようになる・・・それをもったいないと思う現場と経営者の気持ちはわからないわけではない・・・」

両者に共通する「もったいない」という感覚。それ自体は大変素晴らしいことです。しかし、表現方法を一歩でも間違えると、天国から地獄へまっ逆さま。全く正反対の評価を下されることになるのです。

起きてしまったことを取り返すことはできません。しかし、これらの事件を他山の石とし、食品を扱う業者の意識改革につなげて欲しいと切に願わずにはいられません。

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         <link>http://nsnshidoukai.com/a1/2008/09/post_92.html</link>
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         <pubDate>Thu, 11 Sep 2008 08:54:57 +0900</pubDate>
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         <title>ドーピングと日本人　２</title>
         <description>『勝てば官軍』という言葉があります。非常な勝負の世界では負けは許されません。しかし、ボクシングの亀田兄弟はこの言葉通りの戦いを繰り返し、人々の支持を失いました。

『負ければ賊軍』という言葉があります。非常な勝負の世界では負けは許されません。なるほど星野JAPANはこの言葉に集約される通り、人々の反感を買いました。

しかし、勝っても負けても支持を得る戦いがあります。

夏の風物詩でもある全国高校野球大会。部員数十数名の離島のチームが甲子園で精一杯戦う姿に思わず応援の声を上げる人も少なくありません。

どうやら日本人は、ひたむきに、正々堂々と戦う姿に共感し、賞賛の声を上げる傾向が強いようです。

ドーピングを許さない日本人の気質は、正々堂々と戦うことに意味を見出す日本人のDNAのなせる業なのでしょう。

国技といっても過言ではない日本の相撲。朝青龍に端を発する様々な問題に違和感を感じるのは、このDNAの作用によるところが大きいといえそうです。




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         <pubDate>Sun, 07 Sep 2008 04:01:22 +0900</pubDate>
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         <title>ドーピングと日本人　１</title>
         <description>勝利にこだわるあまり、ルールを侵してしまう人たちがいます。

ドーピング問題に揺れるハンマー投げ。前回のオリンピックでも、違反による繰上げで室伏選手が金メダルになるなど、すっかり「おなじみ」となった感があります。

一方、日本人選手はドーピング問題とはほぼ無縁のクリーンなイメージを保っています。どれだけ強い選手が現れても、ドーピング疑惑を持たれる日本人選手は皆無といえるでしょう。誰も北島選手がドーピングで強くなったとは思わないはずです。

これは、日本人の気質と日本経済の発展に大きな要因がありそうです。

すべての実りはお天気次第という定住型農耕民族の日本人にとっては、やるだけやったら、あとは運を天に任せるというDNAが深く刻み込まれているようです。また、日々獲物を捕らえる移動型狩猟民族にとっては、獲物を得られない、イコール、腕が悪いというDNAが深く刻み込まれている気がしてなりません。

どんな手段を使ってもメダルを取りに行く狩猟型と、やるだけやったら審判を仰ぐ農耕型の違いが、そのままドーピング問題に反映しているように見えるのです。

また、メダル獲得、イコール、一攫千金につながる国ほど、ドーピングの陰がちらついて見えるのは、必ずしも気のせいではないはずです。日本は豊かな国です。反論はあるでしょうが、世界基準から見れば、日本ほど豊かな国は少ないのです。日本人の豊かさは、貧富の差の少なさにあります。確かに今の日本は経済の二極化が進んでいますが、それでも世界から見れば、その貧富の差は驚くほど少ないといえるでしょう。

ここに日本人がドーピングに手を染めない理由があると考えます。ドーピングによって得られる夢以上に、ドーピングによって失うもののほうが比較にならないほど大きいのです。

そして、日本人の勝負に対する美学も、ドーピングに手を染めない大きなブレーキとなっています。
（つづく）
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         <pubDate>Thu, 04 Sep 2008 14:22:34 +0900</pubDate>
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         <title>先生に向く人・向かない人　３</title>
         <description>「どうでもいい！これはまたちょっと失礼な言い方だけれど、実はいいこと言ってるんだよね。みんなにとっても勉強になる言葉だよ。どこが勉強になると思う？さっき、意識しないと見えるものも見えない。聞こえるものも聞こえないという話をしたよね。どうでもいいという状態は、もっとも意識しづらい状態なんだ。オリンピックに興味がある人なら、誰が金メダルをとったかなんて、本当に簡単な話なんだけど、オリンピックがどうでもいい人にとっては、誰がオリンピックで金をとったかなんて、全くアンテナに引っかかってこないんだよね。勉強も同じなんだ。どうでもいいと思っていると、どれだけ先生が重要だ・大切だなんていっても、全く引っかからない。意識に上らないんだ。だから、何度習っても忘れたり、覚えられなかったりするんだよね。どうだろう。勉強でもっとも問題なのは『どうでもいい』という気持ちなんだよね。嫌いならまだいい。嫌いな教科は、伸びる余地が十分にあるんだ。どうでもいいとさえ思っていなければね。」

生徒のひとことひとことに反応せず、まずは肯定的に受けとめることが大切です。グッと我慢しながら、顔で笑って、心で泣いてというのはいけません。すぐに生徒に見破られてしまいます。我慢するのではなく、さらに大きな心で生徒の言葉を受けとめるのです。

このように、生徒の言葉を大きな器で包み込める人は先生に向いています。

えっ？暗に自慢してるって？

いえいえ、そういう意味ではないんですよ（笑）。私も変わったんですね、生徒に鍛えられて。ここまでくるのに十年以上かかってますから。『どうでもいい』と思わずに、どうしたらいいんだろうって悩んだ成果です（笑）。どうでもいいと思わなければ大丈夫です！
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         <pubDate>Sun, 31 Aug 2008 01:12:53 +0900</pubDate>
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